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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5738号 判決 1987年3月31日

原告

三谷格

右訴訟代理人弁護士

鈴木隆

坂田宗彦

岩田研二郎

被告

医療法人 徳洲会

右代表者理事

徳田虎雄

右訴訟代理人弁護士

池口勝麿

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金五二九万三八〇六円及びこれに対する昭和五八年八月三一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、病院経営と医療業務を行うことを目的として設立された医療法人であり、原告は、昭和五二年一一月一〇日、被告に事務職員として雇用された者である。

2(一)  原告は、被告に就職した後当初は、その大阪本部に勤務していたのであるが、同年一二月二六日、大東市にある被告経営の野崎病院総務課勤務を命ぜられ、昭和五四年一月二八日まで同病院に勤務し、同月二九日より再び大阪本部勤務となり現在に至っている。

(二)  原告が右野崎病院勤務を命じられるに当たり、被告の徳田理事長は、原告及び訴外今村、同斉藤の三名を呼び「君達三名は全力をあげて看護婦募集求人を行ってほしい。その結果については自分に直接報告するように」という指示をした。こうして、原告は、野崎病院勤務ではあったが、そのときから看護婦の募集業務が原告の業務の中心的な内容となったのである。

(三)  看護婦募集業務のうち、当初は、原告は山陽、山陰及び北陸地区を、訴外今村は九州地区全般を、同斉藤は四国及び近畿地区をそれぞれ受け持った。募集業務の内容は、これらの地域にある看護婦養成学校、職業安定所、ナースバンク等を訪問し、各担当者と接触して、情報を集め、それに基づいて直接対象者に当たるのである。

なお、原告は、看護婦募集のため出張していない日は、野崎病院に出勤して庶務的な仕事をした。

(四)  昭和五三年四月、被告が八尾病院を設立したため、訴外今村は同病院へ転勤し、訴外斉藤は、看護婦募集業務の業績が上がらなかったため、その業務から外され、このようにして原告一人が看護婦募集業務に携わることとなった。そしてその結果、原告の受持範囲も、西日本全域となったのである。

(五)  昭和五四年一月、原告は、前記のように再び大阪本部勤務となったが、同年は、被告が新たに沖縄、福岡、京都宇治の三か所に病院開設を予定していた。原告は、大阪本部へ勤務するようになってからも、これら新しく開設する病院に必要な看護婦の募集の募集業務に従事した。福岡、沖縄の病院の看護婦の補充はさして困難ではなかったものの、同年一一月オープン予定の京都宇治の徳洲会病院に必要な看護婦の募集は困難を極めた。それは、一つには京阪神での看護婦の不足が深刻であったことにもよるが、右病院が六〇〇床を有する被告経営の病院の中でも最大の病院であったことにもよる。

(六)  原告は、右一一月オープンに間に合うように看護婦を募集せよ、という徳田理事長の厳命のもとに、それを実現すべく、朝は始発の新幹線に乗って、岡山、広島、山口、福岡、長崎、大分、あるいは島根、鳥取、富山、石川、福井、愛知、和歌山、三重等と西日本一帯を駆けずりまわり、すこしでもつてのあるところへいっては募集活動を行った。

しかし、それでも、六〇〇床を充足するための看護婦は募集することが出来ず、同年一一月には二五〇床でオープンしたのである。

(七)  ところで、原告の看護婦募集業務の具体的内容は、つぎのとおりである。

(1) 新規学卒者

新規学卒者を採用するには、まず、各地の看護大学、国公立病院付属看護学校、国公立大学付属看護学校、地方自治体系、医師会系、私病院系等の各看護学校の担任教員の紹介を得ることから出発する。原告の場合西日本全体、二八府県でその対象数は九四六施設に及んでいた。原告は、毎年高等学校の求人解禁日である七月一五日より、求人活動に入り、各学校等を訪問し、パンフレット、病院案内を届けると同時に、夏期休暇に病院見学、あるいはアルバイト等を勧誘する。

そして、実際に夏期休暇になって病院見学やアルバイトに来る学生に対しては、原告は、大阪駅、京都駅、大阪空港、大阪港等へ出迎えにゆき、各病院を見学させることはもちろん、ホテルの手配、それら学生の希望で京阪神の名所見物に引率したりした。また、それら学生の所属する学校の教職員についても、休暇を利用した病院見学をすすめ、その結果病院を訪れる教職員の接待も原告がほとんど一人で切り回すという状態であった。

さらに、新規学卒者が被告に就職した後においても、普通科高校を卒業して就職したものについては看護学校への進学の世話をし、その受験対策の相談にものることとなるが、これも、原告の担当業務なのである。

(2) 中途採用者

新たに病院をオープンする場合、新規学卒の看護婦だけでは病院開設は不可能であることはいうまでもない。すでに看護婦の資格を得て現在働いている人、あるいは現在は働いていないがすでに資格をもっている人がぜひとも必要である。このような看護婦を募集するため原告は、ナースバンクや職業安定所を訪問することは当然として、それ以外に国公立病院や、私立の病院の看護婦長等と常に接触を持ち退職者や就職希望者等の情報をたえず収集する努力を続けていた。ある病院を転職しようとしている看護婦がいると聞くと、原告は、その看護婦の自宅を調べ、同人が出勤する午前七時から八時ころ、直接訪問したりして、被告(徳洲会)の理念を説き、「ぜひ就職してほしい。」と説得するというようなこともしばしばであった。そのために朝早く家を出たり、場合によっては泊り込むということもあったのである。

こうして、マスコミ等を通じて持たれた徳洲会のイメージに共鳴して、病院を訪れる現職者もかなりいたのであるが、いざ就職するとなると、勤務条件、とりわけハードな勤務(準夜勤が一か月に一五回以上など)のため、尻込みする者が多かった。このような看護婦に種々の説得をするのも、原告の役目であった。

原告は、被告に就職して以来、昭和五八年三月三一日までずっとこのような仕事を続けてきたのである。

3  原告は、被告に就職してから一貫して前記業務に従事し、休日も休まず時間外労働を重ねてきたのであるが、そのうち昭和五六年四月一日から昭和五八年三月三一日までの時間外労働、休日労働及び深夜労働(以下、単に時間外労働等ということがある。)の実態は、別表(一)(略)のとおりであり、時間外及び休日労働として労働基準法三七条一項所定の二五パーセントの割増賃金の対象となる労働時間は合計三七二六時間となり、さらに深夜労働として五〇パーセントの割増賃金の対象となる労働時間は合計四六・五時間となる。

然して、右割増賃金の算出方法は、被告の給与規程三二条、三三条、三五条によれば、別表(二)の算式とおりであり、これによれば、右時間外及び休日労働分が同表記載のとおり合計金五二〇万六四一四円であり、右深夜労働分が同じく合計金八万七三九二円である。

4  よって、原告は被告に対し、前記時間外労働等による割増賃金として、前記各割増賃金の合計金五二九万三八〇七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年八月三一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁と主張

1  答弁

(一) 請求原因1、2の各事実は認める。

(二) 同3の事実中、原告が別表(一)記載の各出張業務に従事したことは認めるが、その余は不知。

なお、原告が別表(一)記載のとおり各出退勤についてタイムカードの打刻をしていることは認めるが、これによれば、原告は、数年間にわたり年間一日も休まず勤務をしたことになり(もとより被告は、このような勤務体制をとっていない。)、正に異常という外なく、従って、原告の別表(一)の労働時間中出張業務を除く日常業務については、タイムカード上の出退勤時刻は認めるけれども、その中間時間帯のすべてについての業務遂行性には疑問があり、原告がその主張のとおり就労したかどうかは不知といわざるを得ない。

また、原告が時間外労働時間数に算入している出張業務については、出張中の労働時間は通常の労働時間労働したものとしてみなされるから、時間外労働として成立しないというべきである。

2  主張

(一) 仮に、原告が別表(一)記載のとおりの就労をしていたとしても、被告は原告に対し、原告主張の時間外労働等に関する業務命令を発していないので、右労働に対する割増賃金支払義務はない。即ち、

(1) 原告は、被告の人事第二課長で、事務職掌五等級職員に格付けされ、その業務内容は看護婦の募集業務全般であり、自己の判断により業務計画、行動計画を立案する権限を認められていた。そこで、原告は、自己の判断で出張計画を立てて西日本各地に出張して業務を遂行し、大阪で仕事をする場合でも原告の判断で原告主張の請求原因2記載のような業務活動を行っていたものである。

(2) ところで、被告においては、原告の勤務時間が不規則となり、正確にこれを把握することが困難であるため、包括的な時間外(深夜労働を含む)手当として、特別調整手当を支給するとともに、原告の地位と責任に対する対価として責任手当を支給していたもので、原告自身長年にわたりその趣旨を了解して割増手当の請求をしていなかったものである。

なお、被告は、昭和五六年四月より昭和五八年三月まで別表(三)、(四)記載のとおり右特別調整手当、責任手当を含む給与、賞与を支給してきた。

(3) 右のとおり、原告は、業務方針について上司の指示を受けるのみで、業務の処理方法はもちろん、業務計画や原告自身の毎日の行動計画をも自己の判断で立案する権限を与えられていたから、自己の責任と判断に基づき、右記のような趣旨で支給される特別調整手当の範囲内で自己の労働時間を設定すれば良く、仮に、原告が、その主張のように時間外労働をしても、それは、被告の個別的な業務命令に基づくものとはいえず、原告主張の時間外手当請求権は発生しないものというべきである。

(二) 仮に、原告が別表(一)記載のとおり就労し、これが被告の業務命令に基くものと認められる場合でも、原告は、被告においては管理職の地位にあり、かつ、人事採用の機密の業務に従事していたもので、労働基準法四一条二号所定の地位にあったから、原告主張の時間外手当請求権は発生しない。即ち、

(1) 原告は、被告の給与制度上事務職掌五等級職員で、課長級(人事第二課長)にあり、被告の本部及び被告経営の各病院の人事関係職員がその指示に従うべく配置されており、本部職員及び各病院の職員からは本部の幹部職員として認識されていた。

(2) 被告は、原告に対し、一般職員に対する給与のほか、前記のとおり責任手当及び特別調整手当を支給し、その職位と業務の遂行責任に対する対価及び原告の職務の性格からくる不規則性に対する対価を支払ってきた。右各手当については、原告と同様の立場にある被告職員はいずれも同じ取扱を受けており、そのことは、原告自身もよく了解していた事柄である。

(3) 原告は、自己の行う業務計画、行動計画の最終的決定権限を一任されていたのであるから、出勤退勤については自己の判断で決定できる立場にあった。

(4) 原告は、看護婦の採否の決定についてはすべて自己の調査、判断により決し得られたもので、事実上看護婦採否の決定権を掌握していた。

(5) 右のような被告における原告の地位、権限、諸手当の支給、出退勤の決定権及び職務内容等からみて、原告は、被告の管理職たる地位にあり、かつ、人事機密の事務に従事し、出退勤時刻について厳格な制限を受けない立場にあったから、労働基準法四一条二号所定の地位にあった者というべきである。

三  原告の反論

(一)  被告の主張(一)について

原告は、既に述べたとおり、被告の徳田理事長の指示、命令に基づき、看護婦募集業務に従事してきたものであり、その結果をすべて徳田理事長に報告し、別表(一)記載の期間何ら異議なく経過してきたものであるから、時間外労働等を含む原告の労務提供が、被告の業務命令に基づくことは明らかである。

なお、原告は、特別調整手当の趣旨について被告から説明を受けたことはなく、従って、その支給の趣旨は必ずしも明らかでないところであり、また、原告が就労した時間外労働等の時間数については、必ずしも被告主張のように正確にこれを把握することが困難というわけではなく、時間外手当として、被告主張のように特別調整手当を包括的、画一的に支給する必然性も認められないから、右手当を支給しているからといって、原告の時間外労働等が、被告の業務命令に基づくものではないとはいえない。

別表(二) 時間外労働割増賃金計算表

<省略>

別表(三) 三谷格 総支給額明細表

<省略>

(二) 被告の主張(二)について

原告は、人事第二課長の肩書を有していたが、これは、専ら看護婦募集の便宜のための名刺の上だけのものにすぎず、現に、原告には部下らしい者は誰もいなかったし、被告の内部では原告のことを課長さんと呼ぶ者は誰もいなかった。また、原告は、確かに看護婦募集業務のため、自ら出張予定等を立案し、現に出張してきたけれども、出張しない日については、定時に出勤し、タイムカードを打刻するように義務づけられていたのであって、出退勤について制肘を受けていなかったとはいえない。原告が、被告主張の責任手当の支給を受けていたことは認めるが、右手当の支給は、労働基準法四一条二号所定の管理、監督者に該当するか否かとは直接関係のないことであり、原告の職務内容、地位、権限等からみて、原告は、被告の内部において、経営者と一体的な立場にあったとは到底いうことができず、右管理、監督者にはあたらないというべきである。

第三証拠関係(略)

理由

一  原告の請求原因1、2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  同3の事実(時間外労働等の成否)について判断する。

(一)  原告が、別表(一)記載の各出張業務に従事したこと、及び、出張業務に従事した日以外の各勤務日の出退勤時について、タイムカード上同表記載のとおり打刻されていることは当事者間に争いがない。

別表(四) 三谷格 賞与支給額

<省略>

(二)  前記一、二(一)の当事者間に争いがない事実に、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、被告の給与制度上事務職掌五等級職員として格付けされ、人事第二課長の肩書を有し、給与面でも課長職として処遇されており、その役職に相応する手当として、別表(三)記載のとおり、責任手当が支給されてきたこと、原告の主たる職務内容は、看護婦の募集業務の全般であり、右業務の責任者として、自己の判断で看護婦の求人、募集のための業務計画、出張等の行動計画を立案し、これを実施する権限が与えられ、右業務の遂行にあたっては、必要に応じて原告を補助すべく、被告の本部及び被告経営の各病院の人事関係職員を指揮、命令する権限も与えられていたこと、従って、原告は、勤務日(出張を除く。)の各出退時刻についてタイムカードを刻印するように義務づけられていたけれども、これは給与計算上の便宜にすぎず、出勤日における実際の労働時間は、原告の責任と判断により、その自由裁量によりこれを決定することができたこと、そして、原告の担当する職務の特殊性から、夜間、休日等の時間外労働の発生が見込まれたため、包括的な時間外(深夜労働を含む。)手当として、実際の時間外労働の有無、長短にかかわりなく、別表(三)記載のとおり、特別調整手当が支給されてきたこと、原告は、看護婦募集業務の遂行にあたり、一般の看護婦については、自己の調査、判断によりその採否を決定し、採用を決定した看護婦については、自己の裁量と判断により、被告が経営する各地の病院にその配置を決定する人事上の権限まで与えられ、婦長クラスの看護婦についても、その採否、配置等の人事上の最終的な決定は、被告の徳田理事長に委ねられていたものの、その決定手続に意見を具申する等深く関わってきたこと、以上の事実が認められ、(人証判断略)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  ところで、労働基準法四一条二号のいわゆる監督若しくは管理の地位にある者とは、労働時間、休憩及び休日に関する同法の規制を超えて活動しなければならない企業経営上の必要性が認められる者を指すから、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあり、出勤、退勤等について自由裁量の権限を有し、厳格な制限を受けない者をいうものと解すべきところ、右認定の原告の被告における地位、職務権限の内容、労働時間の決定権限、責任手当・特別調整手当の支給の実態等からみると、原告は、被告における看護婦の採否の決定、配置等労務管理について経営者と一体的な立場にあり、出勤、退勤等にそれぞれタイムカードに刻時すべき義務を負っているものの、それは精々拘束時間の長さを示すだけにとどまり、その間の実際の労働時間は原告の自由裁量に任せられ、労働時間そのものについては必ずしも厳格な制限を受けていないから、実際の労働時間に応じた時間外手当等が支給されない代わりに、責任手当、特別調整手当が支給されていることもあわせ考慮すると、原告は、右規定の監督若しくは管理の地位にある者に該るものと認めるのが相当である。

従って、原告が、その主張のように別表(一)記載のとおり就労し、時間外労働及び休日労働に従事しても(なお、出張業務については、労働基準法施行規則二二条により通常の労働時間労働したものとみなされ、時間外労働は成立しない。)、同法四一条により、同法三七条の時間外及び休日労働に関する割増賃金の規定の適用が除外されるから、これによる割増賃金の請求権は発生せず、また、原告が右認定のように監督若しくは管理の地位にあり、とりわけ自己の労働時間をその自由裁量により決することができ、包括的な時間外手当(深夜労働を含む。)の趣旨で前認定の特別調整手当が支給されていることを考慮すると、同法三七条の深夜労働による割増賃金の請求権も発生しないというべきである。

三  してみれば、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村修治)

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